■ 表1−2 岩手県における過去の地震災害 ■
1 | 869年(貞観11年) 7月13日 |
震源:三陸沖 東経143〜145°、北緯37.5〜39.5°、M=約8.3 城・人家など被害甚大、圧死者多数、大津波あり水死1000名余。 ”流光昼の如し”我が国最古の発光現象の記録。 |
2 | 1611年(慶長16年) 12月2日 |
震源:三陸沖 東経144.4°、北緯39.0°、M=約8.1 三陸地方で強震、震害は軽く津波被害が大。伊達領内で死者1783名、南部・津軽領内で人馬死3000余。宮古は全戸流失、鵜住居・大槌・横沢で800名、船越50名・山田20名・津軽石150名の死者。 |
3 | 1616年(元和2年) 9月9日 |
震源:宮城県沖 東経142.0°、北緯38.1°、M=約7.0 仙台城の石垣・櫓破損、陸中沿岸大津波。 |
4 | 1671年(寛文11年) 月日不明 |
震源:不明 花巻で町屋10軒倒壊。 |
5 | 1677年(廷宝5年) 4月13日 |
震源:青森県東方沖 東経142.25°、北緯41.0° M=約7.25〜7.5 八戸で震害、震後1時間で津波、大槌・宮古・鍬ヶ崎等で家屋流出。 |
6 | 1687年(貞亨4年) 10月22日 |
震源:ペルー沖? 陸前海岸で津波。 |
7 | 1717年(亨保2年) 5月13日 |
震源:宮城県沖 東経142.5°、北緯38.5°、M=7.5 花巻で家屋の倒壊、地割れ。 |
8 | 1730年(亨保15年) 3月12日 |
震源:チリ沖? 陸前海岸で津波、田畑損する。 |
9 | 1767年(明和4年) 10月22日 |
震源:三陸沖? 北上市鬼柳で潰家1、焼失20軒。 |
10 | 1770年(明和7年) 5月27日 |
震源:不明 盛岡で人馬の死多し、江戸も有感(要再考)。 |
11 | 1793年(寛政6年) 2月17日 |
震源:宮城県沖 東経144.5°、北緯38.5°、M=8.0〜8.4 陸中・陸前に津波、大槌・両石で死者9・流潰家71、綾里・気仙沼・鮫などでそれぞれ死者300名余・流潰家70〜80。盛岡で家屋被害有り、花巻で町屋潰6、土蔵潰1、同大破9、黒沢尻土蔵大破3。(明治29年の三陸沖地震と類似) |
12 | 1823年(文政6年) 9月29日 |
震源:岩手山北部 東経141.1°、北緯40.0°、M=5.75〜6.0 山崩れ、西根8ヶ村で崩れ死者69名、潰れ105軒。 |
13 | 1831年(天保2年) 3月28日 |
震源:不明 陸中で橋損傷、微小被害か? |
14 | 1843年(天保14年) 6月29日 |
震源:沢内 東経140.7°、北緯39.45°、M=5〜6 家破損 |
15 | 1855年(嘉永7年) 1月1日 |
震源:不明 盛岡?上屋敷表長屋通り潰れる。 |
16 | 1856年(安政3年) 8月23日 |
震源:青森県東方沖 東経142.25°、北緯41.0°、M=7.5 八戸震度5+ 被害は少ない、噴火湾から三陸沿岸に津波、宮古から大船渡にかけて波高3m程度、南部藩の溺死26名・潰れ106・流失93軒。(1968年十勝沖地震と類似) |
17 | 1896年(明治29年) 6月15日 19時32分 明治三陸地震津波 |
震源:三陸沖 東経144°、北緯39.5°、M=6.8(7.6) 震害はなく、いわゆる低周波地震。地震後35分で大津波が三陸沿岸に襲来。最大波高は三陸町綾里で38.2m、吉浜で24.2m、白浜で22.0m、田野畑村羅賀で22.9m等。死者不明者26,360名(岩手県内22,565名)・流失倒潰家屋11,723棟(岩手県内6,882棟)の大惨事となった。 |
18 | 1896年(明治29年) 8月31日 17時06分 陸羽地震 |
震源:岩手・秋田県境 東経140.7°、北緯39.5°、M=7.2 秋田県を主に死者209名(岩手県内4名)・全壊焼失5,824棟(岩手県内110棟)、西和賀郡全壊51棟、花巻で同44棟、雫石で同5棟。秋田県に千屋断層、岩手県に川舟断層を生じた。(盛岡震度4〜5) |
19 | 1901年(明治34年) 8月9日 18時23分 |
震源:青森県東方沖 東経142.5°、北緯40.5°、M=7.2 青森県で死傷18名、全壊8棟。二戸・九戸郡で家屋破損・亀裂。大更・沼宮内でも家屋破壊あり。宮古で60cmの津波が7〜8回襲来。 |
20 | 1901年(明治34年) 9月30日 19時19分 |
震源:岩手県久慈沖 東経141.9°、北緯40.2°、M=6.9 久慈で土蔵壁崩壊・亀裂。 |
21 | 1905年(明治38年) 12月23日 11時37分 |
震源:宮城県沖 東経141.8°、北緯38.5°、M=5.9 千厩町で家屋破損。 |
22 | 1912年(明治45年) 4月18日 16時37分 |
震源:宮城県沖 東経142.0°、北緯38.6°、M=5.8 千厩町で家屋破損。 |
23 | 1915年(大正4年) 11月1日 16時24分 |
震源:宮城県沖 東経142.9°、北緯38.3°、M=7.5 |
24 | 1931年(昭和6年) 11月4日 1時19分 |
震源:岩手県小国付近 東経141.7°、北緯39.5°、深さ10km、M=6.5 下閉伊・上閉伊両郡境界の山間局部地震、小国震度5、道路の亀裂・石垣崩壊・壁の亀裂等。 |
25 | 1933年(昭和8年) 3月3日 2時30分 昭和三陸地震津波 |
震源:三陸沖 東経144.52°、北緯39.23°、深さ10km、M=8.1 震害は少なく三陸沿岸で壁の亀裂、崖崩れの程度。地震後約30分後に津波襲来。 最大波高は綾里湾で28.7m・岩泉町茂師で17.0m・田野畑村明戸で16.9m・田老で10.1m等。死者不明4,156名(岩手県内3,536名)、家屋の流失倒潰焼失6,067棟(岩手県内4,251棟)の大惨事となった。(盛岡震度4) |
26 | 1952年(昭和27年) 3月4日 10時23分 十勝沖地震 |
震源:十勝沖 東経144.13°、北緯41.80°、深さ0km、M=8.2 震害は北海道に限られる。死者不明33名、家屋全壊515棟。津波は北海道厚岸で6.5m・門静で3.9m。三陸沿岸は1.5〜2.5mで漁船の沈没破損51隻等被害有り。 |
27 | 1952年(昭和27年) 11月5日 1時58分 |
震源:カムチャッカ半島南東沖 東経160.3°、北緯52.6°、深さ:浅い、M=9.0 震害はなし、津波は三陸沿岸で1〜3mで漁船の流失破損51隻等被害有り |
28 | 1958年(昭和33年) 11月7日 7時58分 |
震源:エトロフ島沖 東経148.58°、北緯44.38°、深さ80km、M=8.1 震害はなし、津波で宮古等養殖棚流失。 |
29 | 1960年(昭和35年) 5月23日 4時11分 チリ地震津波 |
震源:チリ沖 西経72.57°、南緯38.17°、深さ0km、M=9.5 24日2時すぎから日本に津波襲来、全国で死者不明139名・全壊流失家屋2,830棟。 最大波高は野田村玉川で8.1m、宮古市金浜で5.5m、三陸町白浜で4.7m、岩手県内の死者不明62名、全壊流失家屋1,279棟。津波襲来後に警報発令。 |
30 | 1963年(昭和38年) 10月13日 14時17分 |
震源:エトロフ島沖 東経149.56°、北緯44.89°、深さ0km、M=8.1 震害はなし。津波大船渡で1.2m、漁業施設に軽微な被害。 |
31 | 1968年(昭和43年) 5月16日 9時49分 十勝沖地震 |
震源:青森県東方沖 東経143°35′、北緯40°44′、深さ0km、M=7.9 東北・北海道で死者52名・全壊家屋673棟、岩手県で死者2名・全壊家屋3棟、津波宮古湾・大槌湾等で平均潮位約5m・魚魚施設被害軽微。(盛岡震度4) |
32 | 1970年(昭和45年) 10月16日 14時26分 |
震源:秋田県南東部 東経140°45′、北緯39°12′、深さ0km、M=6.2 秋田県南東部を中心に全半壊家屋21棟、湯田町で負傷1名・全半壊家屋4棟・一部破損230棟。(盛岡震度3) |
33 | 1974年(昭和49年) 9月4日 18時20分 |
震源:岩手県北岸 東経141°56′、北緯40°11′、深さ40km、M=5.6 久慈市で土砂崩れ・盛岡市で16,000戸停電。 |
34 | 1978年(昭和53年) 6月12日 17時14分 |
震源:宮城県沖 東経142°10′、北緯38°09′、深さ40km、M=7.4 宮城県中心に死者28名・全壊家屋1,183棟、岩手県で一部破損家屋240棟。 (盛岡震度4) |
35 | 1987年(昭和62年) 1月17日 15時14分 岩手県中部沿岸地震 |
震源:岩泉町付近 東経141°46.8′、北緯39°50′、深さ72km、M=6.6 県内で窓ガラス破損・土砂崩れ等。 (盛岡震度5) |
36 | 1994年(平成6年) 10月4日 22時22分 北海道東方沖地震 |
震源:北海道東方沖 東経147°42.5′、北緯43°22.3′、深さ23km、M=7.9 北海道で死者1名、津波宮古72cm・養殖施設に被害。 (盛岡震度4) |
37 | 1994年(平成6年) 12月28日 21時19分 三陸はるか沖地震 |
震源:三陸沖 東経143°44.9′、北緯40°25.6′、深さ0km、M=7.5 八戸中心に死者3名・全壊家屋48棟、津波で養殖施設に被害 (盛岡震度5) |